僕には好きな人がいる。
バスの前方で立っている少女。
僕はというとバスの入り口付近にいる。
そう、彼女がよく見える位置にいる。
一見ストーカーかと思われる行動だが、仕方のないことだ。
何せ、学校が違うのだから。
僕は名前も知らない、他校生の少女のことが好きなのだ。
彼女は多分三半規管が弱いのだろう。
降りるときにはいつも顔が真っ青だ。
でも、彼女が今、立っているのだってお婆さんに進んで席を譲ったからだ。
そんな彼女に惹かれた。
惹かれてるのに一歩前に踏み出すことが出来ない。
ただいつも同じバスに乗ってるだけの僕に何ができる?
『いつも一緒のバスですね。』なんて言ったらチャラすぎる。
話しかけることなんかまず無理だ。
というか、僕のことを覚えられているのかさえ不安なのに。
チャリン…
僕の目の前で小銭を落とした乗客がいた。
(…拾ってやるか。)
落とした張本人は謝りながら、感謝の言葉を述べながら僕と小銭を拾った。
「本当にありがとうございます。」
「いえ。」
僕がそう言った瞬間だった。
「こっちにも転がってましたよ。」
(…この声は!)
まさしくその声の主は彼女で、落とした人と会話をしている。
「あの…いつも同じバスですよね?」
びっくりした。
まさか覚えられているとは…。
「あ、はい。そういえばいつも同じですね。」
そういえばとかいう言葉を使ってしまう自分が憎らしい。
意図的に同じバスに乗っているのに。
「ですよね!あ、私、加野優実(かの ゆうみ)と言います。」
「あ、僕は…。」
「榎原信也(えのはら しんや)さんでしょう?」
「え…!?なんで知ってるんですか?」
「あなた…えと、榎原さんは私の女子高でも有名ですよ。かっこいいって皆言ってます。」
「そ…そうなんですか。」
「いつも同じバスだって友達に言ったら羨ましがられるくらいです。」
「そんな大層な身分じゃないですよ。」
そうだ。
僕は彼女にさえ声を掛けることが出来ない情けない人間なのだ。
なのに…かっこいい?
本当に意味が分からない。
「でも、モテますよね?」
「え?」
告白されたことは…ないこともない。
でもモテるという言葉は僕には相応しくない。
「いえ、モテないですよ。告白されたこともないことはないけれど、モテているとまでは…言いがたいです。」
「そうなんですか!?意外です。でもそれはまだ1年生だからだと思います。きっと今年のバレンタインはすごいんだろうな…。
」
(お…おぞましい。)
僕は甘いものが究極的に苦手だ。
チョコはいつも僕経由妹行きなのだ。
「はは。そんなその日になってみないと分からないですよ。」
そんなことより、彼女からメアドを聞かなければ!!
せっかくのチャンスだ。
勇気を振り絞れ!自分!
「あ、あの…メアド教えてくれません?」
やった!!
頑張った!よくやった!
「いいですよ。」
僕と彼女は晴れて友達となった。
顔見知りではなく。