(35)


「星羅ちゃん、お疲れ〜。」
「お疲れ様です。」
「これから飲みに行かない?」
「あ〜これからまた仕事に戻らなきゃいけないんですよ。」
「え?まだ仕事するの?」
「私、皆さんが思ってるほど暇じゃないですから!!」
「そんなこといって明くんとデートなんじゃない?」
「ちがいますよ。」
はい。奴の登場。
「そうならどれだけ嬉しいか。」
「あ、違うんだな。」
「明くんがそういうなら本当なんだね。」
「私を信用してないんですか!?」
「だって星羅ちゃんの照れ隠しかもしんないじゃん?」
「まぁまぁ。じゃあ、俺たちはこの辺で。」
「さようなら。」
「お、じゃーなー。」

私は奴が繋いできた手を離さずにそのままテレビ夕陽を出た。

「月?」
「ん?」
「なんかあった?」
「ううん。なんで?」
「いつもは嫌がるのに。手を繋ぐと。」
「たまにはいいかなって…。」
「月…。」
「たまにはね?」
なんだか神楽の曲にあたったみたいだ…。
切ないラブソング…。
なんとなく奴の愛を感じていたかった。

「キスしていい?」
「ダメ。」
「なんで?」
「恥ずかしいから。」
「帰ってからは?」
「ん〜それなら許す。」
「月、好き。」
「知ってる。」
「なんで、義父さんの会社をつぶそうとしてるの?」
「それは…。」
「なんで、家族は月の才能を知らないの?」
「なんで、義兄さんが気付いて家族は月の異常に気付かないの?」
「なんで…。」
「興味がないから。そうとしか今は言えない。他の人にとって大したことないことかもしれない。だけど、私にとったら苦痛だった。それだけよ。」

そう。
それだけ…。


***********************


気付いたときには独りだった。
いつもお母さんの傍か、幼馴染のところ。
年頃のお姉ちゃんたちは私の相手なんかしてくれない。
家なんか退屈だった。
寂しいなんか言えない。
だってお母さんたちは家にいるんだから。
人がいてもいなくても寂しいんだ。

お父さんは仕事から帰って風呂からあがると私と花札をして遊んでくれた。
唯一楽しかった時間。

そんなお父さんから時々言われる、その言葉は…つらかった。
『いやぁそれでも男が良かったですよ。』
『月太郎。』
男じゃない私。
どれだけ男になりたかったかお父さんは分からないよね?

いつも本心は心の奥底。
素直に話したことって皆無に等しい。

この才能もそう。
最初はめんどくさかったから話さなかった。
だって特に私に目を向けてなかったから。

その頃、鳥が県で一番の進学校に合格した。
そう、皆の目は鳥に向けられていた。
だから言っても無駄という感覚がいつのまにか植えつけられていたんだ。
鳥は国立大に進んで、SUNNYに入社する。
一流企業のSUNNYに。
親戚から何から何まで皆は鳥を見ていた。
私はというとひたすら普通のフリをした。

高校も進学校には進んだけどその頃から、私に芽生えたのは私の方ができるという意識。
でも遅かった。
学区2位の高校に通ってる私が学区1位の鳥の学校に勝てるはずなかった。
いい点数取ったって言っても、皆も点数がいいんでしょと軽く流され、学年1位じゃなくて2位とかだったら、なんで1番じゃないのかと言われる。
不公平だった。
もう、何もかもが嫌だったときに起きた事件。

『子供が親をからかうな。』
(なら親は子供を傷つけていいのか。)
『親に逆らうな。』
(意見を言っちゃだめなの?)

つらかった。
その言葉が。
なら、何も言わない。

私はその場をさろうとした。
『逃げるのか?』
私に降り注がれたのは父の蔑む目。

自分の部屋に逃げても、降り注ぐ叱責。
『なんでお父さんを怒らせるの。』

あたしはつまらない人間?
生まれてきちゃダメだった?
ただ、お父さんたちに従っていればそれだけで良かった?
考えとか意見とか持っちゃいけなかった?

そっか、私はそんな存在だったのか。
なら…それ相応のしかえしをするわ。

私を見てくれなかったこと後悔させてあげる。

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